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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)504号 判決

横浜市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

石戸谷豊

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

主文

一  被告は、原告に対し、一一二五万円及びこれに対する平成五年二月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件は、被告が原告から委託を受けたものと異なる投資信託の買付けを行ったとして、被告に対し、その買付けのために預託していた金員一一二五万円の返還を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  被告は、証券取引法に基づいて証券業の免許を受けた証券会社であり、原告は、昭和五二年五月から、被告に対し、株式や国債等の売買を委託していたものである。昭和六〇年から平成二年までは、被告の横浜駅西口支店の外務員Bが、原告との取引を担当していた。

2  被告は、昭和六三年七月四日、原告の委託に基づいて、原告から保護預中の市田株式会社(以下「市田」という。)の株式一万五〇〇〇株のうち一万三〇〇〇株を一株一二一〇円、うち二〇〇株を一株一二二〇円でそれぞれ売却し、手数料等を差し引いた一五七六万一四二三円の預託を受けて、原告の信用取引口座に入金した。

3  被告は、同月六日ころ、原告の信用取引口座から右預託金の一部一五〇〇万円を引き落として、「中期国債ファンド」と「株式型ユニット」の組合せ商品である「年金特別プラン・エース株式型」(以下「エース株式型」という。)の買付けを行い、「中期国債ファンド」の買付けには三七五万円、「株式型ユニット」の買付けには一一二五万円をそれぞれ充てた。

4  原告は、外務員Bに対して、「中期国債ファンド」と「国債型ユニット」の組合せ商品である「年金特別プラン・エース国債型」(以下「エース国債型」という。)の買付けを委託したのに、被告は、その委託に反して「エース株式型」の買付けを行ったとして、被告に対し、平成五年二月二六日送達の本件訴状をもって、右委託契約を解除し、「株式型ユニット」の買付け分一一二五万円の返還を催告した。

(以上の事実は当事者間に争いがない。)

5  「エース株式型」と「エース国債型」は、いずれも買付け元本の四分の一を「中期国債ファンド」に充て、残りの四分の三を公社債・株式投資に充てる点で共通するが、「エース株式型」は、公社債と株式にそれぞれ五〇パーセントずつ投資し、「エース国債型」は、公社債に七〇ないし八〇パーセント、株式に三〇ないし二〇パーセントずつ投資する点で、両者は異なる(Bの証言)。

三  被告の主張

1  被告は、昭和六三年七月四日、原告から、市田の株式の売却とともに、本件「エース株式型」の買付けの委託を受けた。

2  そうでないとしても、原告は、昭和六三年一一月一六日、被告の送付した本件「株式型ユニット」を含む預託証券の残高等確認回答書(乙第三号証)に署名押印してこれを被告に返送したことにより、被告の「エース株式型」の買付けを追認した。

第三争点(被告の主張)に対する判断

一  被告の主張1について

1  外務員Bの証言中には、Bは、昭和六三年六月三〇日又は七月一日ころ、原告方を訪問して、原告の妻Cに対し、安定成長型の投資信託であると説明して「エース株式型」の買付けを勧誘し、同年七月四日、原告から電話で、被告が原告から保護預中の市田の株式を売却し、その代金で「エース株式型」の買付けを委託されたので、被告は、その委託に基づいて、前記のとおり、右株式を売却して「エース株式型」の買付けを行ったとする部分がある。

2  しかし、Bが「エース株式型」の買付けを勧誘するため原告方を訪問したとする証言は、当時Bが約五〇〇名もの顧客を担当していたことや、その記憶が日記の記載からの推測による不確かなものにすぎないことに照らすと、信用性に乏しく、その事実を否定する原告や妻Cの供述の方が信用できる。また、昭和六三年七月四日、原告から電話で、「エース株式型」の買付けの委託を受けたとする証言も、その証言部分をみると、「エース株式型」なる商品名を使って委託を受けたとする点はあいまいであるし、B自身も自認するとおり、安定成長型という、「エース国債型」との区別が必ずしも明らかでない言葉を強調して委託を受けたというのであるから、原告から「エース株式型」の買付けの委託を受けたとする証拠として十分なものとは言い難い。

他方で、本件「エース株式型」の買付けに関しては、甲第一号証の一、二、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一、二、第五、第六号証、第七号証の一、二、乙第八号証、第九号証の一ないし五、BとCの各証言、原告の供述(これらの証言・供述のうち、次の事実に反する部分は信用できない。)、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和六三年六月下旬ころ、被告から原告宛てに「エース国債型」を紹介するはがき(甲第一号証の一、二)が郵送されてきた。そのはがきには、「毎年、年金を受取り5年後は元本の成長を楽しめます。」、「収益性と安定性を追求します。」、「『エース・国債型』は国債と株式でバランス運用」、「5年後には満期償還金が受取れます。」などと記載されていた。

なお、そのころ、「エース株式型」を紹介するはがきやパンフレット等が原告方に郵送されたことはなかった。

(二) その後まもなく、Bから原告に「エース国債型」の買付けを勧誘する電話があった。原告は、Bから、「エース国債型」が「中期国債ファンド」と公社債・株式投資とを組み合わせた五年満期の商品で、「中期国債ファンド」につき毎年四回、三か月毎に解約金の支払を受けることができ、支払を受けて元本が減った分は公社債・株式投資の運用利益によって五年後には補填される年金型の安全な投資信託である旨説明を受けた。

(三) 原告は、昭和五〇年三月市田を定年退職し、「エース国債型」の勧誘を受けた当時は厚生年金の支給を受けていたが、この年金に上乗せした定期金の支払が受けられるうえ、元本の安全も保証されるものと信頼して、当時原告の主な資産であった市田の株式一万五〇〇〇株を全部売却して前記はがきに示された「エース国債型」を購入することに決め、昭和六三年七月四日午前、被告の横浜駅西口支店に電話を掛け、Bに対し、右株式の売却とその売却代金による「エース国債型」の買付けを委託した。

(四) 被告は、右同日、原告から預託されていた市田の株式一万五〇〇〇株のうち一万三〇〇〇株を一株一二一〇円、二〇〇株を一株一二二〇円でそれぞれ売却した(当事者間に争いがない)。

(五) Bは、右株式の売却後、その日のうちに、原告方に電話をし、電話に出た原告の妻Cに対し、市田の株式の売却価格、その売却代金により原告の購入する投資信託の内訳等を知らせ、Cは、その内容をメモした。そのメモ(甲第三号証)には、市田の株式の売却代金から手数料等を差し引いた金額として「15,761,423」、本件買付けに充てる金額として「1500」と記載され、その横には、その買付けの内訳として「375 中国ファンド」、「1125 エース国債型」と記載されていた。Cは、原告に右のメモを見せながら、株式の売却代金の一部一五〇〇万円のうち三七五万円が「中期国債ファンド」の買付けに、一一二五万円が「エース国債型」の買付けにそれぞれ充てられたことなどを説明した。原告は、その説明に対し何ら不審を感じることはなかった。

(六) Bは、同月四日又は五日ころ、原告に「中期国債ファンド定期引出サービス利用申込書」を郵送した際、市田の株式の売却価格やその売却代金により原告の購入する投資信託の内訳等を記載した書面を同封した。その書面(甲第二号証の二。ただし、「国債」の文字が「株式」と訂正され、その横に日付等が記載される前のもの。)には、「株式売却代金 15,761,423」、「ファンドアンドファンド-15,000,000」と記載され、その横にその買付けの内訳として、「国債ユニット 1,125万」、「ファンド〈中〉へ375万」と記載されていた。原告は、その記載に対しても何ら不審を感じることはなかった。

(七) 同月八日ころ、被告から原告宛てに、原告の信用取引口座の出入金状況を報告する「お取引明細書」(甲第四号証の一)が郵送されてきたため、Cは、先にBから郵送されてきた前記書面と照合して、「お取引明細書」の「精算金額」の中の「11250000」と記載されている横に「エース国債型」と記載し、また、「3750000」と記載されている横に「中国ファンド」と記載して、原告と共に、買付け金額を確認した。

(八) 平成四年七月二五日、野村證券投資信託委託株式会社から原告宛てに、「株式型ユニット」の仕組みや運用の詳細が記載された運用報告書(甲第六号証)が郵送されてきた。この種の詳細な報告書が今まで原告に郵送されたことはなかった。原告は、その報告書を見て、初めて、「エース国債型」と異なる商品の買付けが行われたことを知り、同月二八日、電話でBに対し右の点を問い合わせた。そして、その問合わせを受けて原告方を訪れたBに対し、前記のはがきやBから郵送されてきた書面を見せて、「エース国債型」の買付けを委託したはずであると詰問したところ、Bは、株式型の方が有利だと思い無断で買付けを行った旨、来年の満期時に元本割れしているときは大蔵省の認可を得て期間を延長し、元本の回復まで待ってもらうことになる旨述べるとともに、その場で、原告から見せられた前記書面の「国債」の文字を横線で消し、その上部に「株式」と記載して、原告が「株式型ユニット」の買付けを委託したように訂正した。Cは、Bが右書面の記載を訂正したことを明らかにしておくため、「株式」の文字の横に「平成四年七月二八日係員来訪の時記入」と記載した。

以上認定の事実によれば、原告は、昭和六三年七月四日、被告に対し、甲第一号証の一、二のはがきに示された「エース国債型」の買付けを委託したものというべきである。

3  ところで、被告は、原告に対し、本件「エース株式型」の買付けを行った直後の同年七月八日ころ、銘柄が「カブシキガタユニットエース」、数量、単価が「1,125」、「10,000」、払込金額が「11250000」と記載された「ご案内」と題する書面(乙第二号証)を送付し、次いで、同年一一月一六日ころ、「昭和63年10月31日現在、貴社に預けている下記金銭の残高及び証券の残高等(取引明細を含む。)の内容に相違ありません。」と記載され、その下欄に、銘柄「8807回株式型ユニット(エース)」、数量「11,250,000口」と記載されて、原告の氏名欄、認め印欄が空欄の「回答書」と題する書面(乙第三号証)を郵送し、原告から署名押印のされた同書面の返送を受けたほか、同年七月三〇日、同年九月三〇日、同年一〇月三一日、平成元年一月三一日をそれぞれ作成基準日とする、右と同じ内容の記載を含む取引明細書(乙第四ないし第七号証)を郵送したが、原告は、これらのいずれの通知に対しても、本件「エース株式型」の買付けに関して銘柄が違う旨述べたことがない(BとCの証言、原告の供述)。しかし、甲第七号証の一や原告の供述によれば、当時、原告は「エース株式型」と「エース国債型」の差異を十分に理解していたものではなく、甲第一号証の一、二のはがきやBの説明から、原告の購入した商品が国債と株式で運用するものであるといった程度の認識しか持っていなかったことが認められ、また、Bの証言によっても、Bが原告に対し右商品の具体的な差異を説明した形跡はなく、このような事情に照らすと、原告が前記各通知の「エース株式型」に関する記載に異を唱えなかったからといって、原告が「エース株式型」の買付けの委託をしたことを推認することはできない。

また、原告は、外務員Bの勧誘を受けて、被告に対し、昭和六二年六月、本件と同じ「エース株式型」五〇〇万円分の買付けを委託し、また、本件買付け後の平成二年一月にも「エース株式型」一〇〇万円分の買付けを委託しているが、「エース国債型」については、今までにその買付けを委託したことはなかった(BとCの証言、原告の供述、弁論の全趣旨)。しかし、Cと原告の供述によれば、原告が右二つの「エース株式型」の買付けを委託した当時も、「エース株式型」と「エース国債型」の差異を十分に理解していたものではなく、Bから、同種の商品に「エース国債型」があって、「エース株式型」がそれとは異なる商品であることの説明を受けた形跡もないことが認められるうえ、本件買付けに関する前記認定の事実にも照らすと、原告が本件買付けの前後に「エース株式型」の買付けを委託していることや、今まで「エース国債型」の買付けを委託したことがないことの事実をもって、直ちに、原告が本件においても「エース株式型」の買付けを委託したものと推認することはできない。

4  よって、被告の本件「エース株式型」の買付けが原告の委託に基づくものであったということはできない。

二  被告の主張2について

原告が、昭和六三年一一月一六日、被告に対して、乙第三号証の回答書に署名押印をしてこれを返送した行為が、無断買付けの追認の意思表示と認められるためには、原告において、その当時、本件「エース株式型」の買付けが原告の委託に基づかないで行われていた事実を認識していたことを要するものと解すべきところ、前示のとおり、原告は、購入した商品が甲第一号証の一、二のはがきに示された内容の「エース国債型」であると認識していたものであり、また、「エース株式型」と「エース国債型」の差異を必ずしもよく理解していたものではないから、前記回答書を被告に返送した当時、原告が、被告の無断買付けの事実を認識していたとは認められない。

よって、原告が乙第三号証の回答書を被告に返送したことをもって、原告の追認の意思表示があったということはできない。

三  以上によれば、被告に対し、預託金一一二五万円及びこれに対する本件訴状により返還を催告した日の翌日である平成五年二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯塚圭一)

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